リヒテルズ直子

オランダから地球市民社会と教育を語る

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子どもオンブズマンーーー子どもたちの声に耳を傾ける

オランダの子どもオンブズマンは2011年に設置された。初代子どもオンブズマンは、マルク・デュラールトさん。KidsRightという、世界中で人権侵害にあっている子ども達の権利を守り、子ども達の声を取り上げるための活動をしているオランダの非営利団体を創設した人であり、『国際子ども平和賞』の創設者でもある。つまり、筋金入りの「子どもの権利擁護運動家」というわけだ。

オンブズマンという言葉が耳慣れない人もいるかもしれない。

オンブズマンとは、行政機関に対する調査権を持ち、独立・中立の立場から、行政権の行使(不行使)に対する国民の苦情申し立てに対する調査や、問題があると思われる領域で独自に調査を行い、行政府を監視する手段として機能する役職のことだ。スウェーデン、フィンランド、デンマークなど北欧諸国で始まったが、オランダでも1982年に国家オンブズマンが設置され、欧州連合は1995年以来欧州オンブズマンを設置し、欧州議会・欧州裁判消灯を監視してきている。

オランダで2011年に設置された「子どもオンブズマン」は、もともと「子どもの権利条約」を厳守するために作られたものだが、一般のオンブズマンのように公的機関だけを監視するのではなく、学校・保育所・病院など私的機関においても子どもの権利を守るための法律が厳守されているかどうかを監視し、第二院(衆議院に相当)に報告や勧告を行っている。『子ども』とは0−18歳の子どもたちのこと。他のオンブズマンと同様、いかなる組織からも「独立」の権限を認められている。さらに、一般のオンブズマンと異なり、現存する法規の厳守だけが目的ではなく、子どもたちの現状をもとに問題を拾い上げ、法改正や新法立法の勧告も行う。こうすることで、中央や地方の行政機関だけでなく、子どもに関わりを持つ社会のあらゆる組織が、子ども達の権利に目覚め、大人たちの間にそれを守ろうという意識を高めていくことが目指されている。

子どもオンブズマンのサイトを見ると、「この条約は、あなたが生まれた時から18歳になるまでの間に経験するありとあらゆることに関わることなのです。つまり、学校、住まい、健康、信仰、親や友人に関してです。また、児童虐待、児童労働、難民の子どもにも関するものです」として、12−18歳の子どもたちの権利がなんであるか一目でわかるようにしてある。カテゴリーは以下のようなものだ。

衣食住:すべての子どもは衣食住の権利を持ち、親はこれを守らなければなりません。もし親にそれができなければ国が援助を得られるようにしなければなりません。自分の意見:子どもたちは自分の意見を言うことができます。それが、自分の人生に関わることであればなおさらのこと。あなたの意見は聞かれなければならないし耳を傾けられなければなりません。このことは、子どもたちが、自分の意見を持つために情報を集めることができるということも意味しています。プライバシー:すべての子どもは自分の私的生活を守る権利を持っています。このことは、あなたの同意がなければ、あなたの日記やメールは誰からも見られてはならないことを意味しています。差別からの保護:すべての子どもは自分自身であるという権利を持っています。それは、どんな肌の色、宗教、性別、障害、性的指向を持っているかには関わらないものです。国は、子ども達を差別から守るためにありとあらゆる手段を講じなければなりません。遊びと自由時間:すべての子どもは休み、自由時間を持ち、遊ぶ権利を持っています。博物館を訪れたり劇場に行ったりすることはすべての子どもたちにとって認められたものでなければなりません。良い介護:すべての子どもは良い介護を受ける権利を持っています。病気の際には医者にかかることができなければなりません。国は、子どもたちとその親に対して、健康や食事についてよく情報を提供しなければなりません。子どもが第1:もし何か子どものために決められることがある場合、まずは、それがその子どもにとって良いことであるのかどうかが検討されなければなりません。親や保護者が子どもの面倒をよく見れない場合には、国は、この子どもを助けなければなりません。虐待に対する保護:親は自分の子どもたちが良い子育てを受けられるように配慮しなければなりません。もしも親にそれができなければ、国は、あなたがだれかから助けてもらえるようにします。また、あなたの親が働いている場合には、保育施設がなければなりません。親の元で育つ:すべての子どもは自分の親の元で育つ権利を持っています。もしあなたの親が離婚しているなら、あなたが望む限り、あなたは両方の親とコンタクトを維持する権利を持っています。また、子どもたちは、自分の親が同じ国に住んでいない場合親と会う権利を持っています。教育:すべての子どもは教育を受ける権利を持っています。これはあなたが、学校に行くことができなければならないことを意味していますが、常に自分が選択した学校を選ぶことができるという意味ではありません。良い子育て:親は、自分の子どもたちが良い子育てを受けられるようにしなければなりません。もしもそれが親にできなければ、国は、あなたが誰かから助けてもらえるようにします。また、あなたの親が働いている場合には、保育施設がなければなりません。子どものための刑法:もしある子どもが法律で禁止されていることをしたなら、その子どもは裁判官の前に出頭しなければなりません。子どもたちのためには特別の法規が適用されます。その際子どもの年齢に配慮されなければなりません。こうして、子どもたちは、子ども達に見合った処罰を受けなければなりません。子どもたちは弁護人から助けを受けることができなければなりません。名前と国籍:すべての子どもは自分自身のアイデンティティを守る権利を持っています。そのためにあなたは自分の国籍、性、親族のつながりなどに対して権利を持っています。それは、あなたという、他にかけがえのないユニークな存在を守るという意味です。自分の信仰:すべての子どもは自分の信条に対する権利を持っています。それは、自分がカトリック教徒であるとか、イスラム教徒であるとか、プロテスタント教徒であるとか、ユダヤ教徒である、または、なんの宗教も信じていないといったことに一切関わることなくです。


 子どもオンブズマンの仕事は、子どもたちの声に耳を傾け、法律違反を報告し、問題について調査をして制度改正の必要を認めればそのためにしかるべき機関に勧告することにある。こうすることで、社会が、声なき弱者である子どもたちの権利に対して意識し自覚的になるためだ。

 そこで、子どもオンブズマンに対しては、子どもたちがいつでも電話やメール、ソーシャルメディアを通して苦情や相談をすることができる。子どもの権利について疑問に感じたことがあれば大人も通達できる。去年1年だけで三万件以上の電話があったという(オランダの人口は日本の8分の1)。問題の多い分野については、大学などの研究機関と提携して調査を行い、調査結果を報告する。立法府である国会に対しては、毎年、子どもオンブズマンから、国内の子どもたちの権利状況についての報告書が送られる。

 視察団とともにデュラールトさんの話を伺いながら、最後にこんな質問をした。

「オランダは、ユニセフの調査によると子どもたちのウェルビーング(幸福度)が先進国の中で最も高い国です。それでも、子どもオンブズマンの仕事がそんなに大切なのですか」と。

 それに対するデュラートさんの答えはこうだった

「そう、オランダは子どもたちのパラダイスと言われていますね、でも、本当に困っている、権利を侵害された子どもたちが5000人はいます。この子どもたちの権利が守られるまでは私たちの仕事は終わりません。まだまだ改善の余地があります」

と。


そうして、デュラールトさんは、子どもオンブズマンにとって大切な資質は、制度の仕組みや社会の状況などの全体像が良く把握できること、コミュニケーション能力があることだと言った。オンブズマンは、公的・私的機関にいる人たちにとっては耳の痛い、聞きたくないことをあえて言わなければならない。そのためには、苦言をあえて呈し、説得する力がなければならないからだ。「嫌がられる存在」になれれば、それに越したことはない、それが言える存在であることがオンブズマンの役割なのだから、ともいう。

子どもオンブズマンの調査報告書が出るたびに、デュラールトさんはテレビや新聞でインタビューを受けている。メディアに出ることは、子どもオンブズマンの存在を広く知らせる上でも重要だからだそうだ。

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 上にあげた子どもたちの権利を一つ一つ読んでいると、日本の子どもたちの権利が、どれだけ守られていないかと思う。同時に、日本社会に深く根付いているパタナリズム(庇護主義)が、どれだけ子どもたちの問題を大人の勝手でこね回し、子どもたちの声を無視しているか、とも思う。

 日本では、

なぜ、外国籍の子どもたちが肩身の狭い思いをしなければならないのか。日本生まれの子どもですら、国外退去を示唆されることがあるというのはどういうことなのか。

映画「誰も知らない」で告発されたような、無戸籍の子どもたちがなぜ多数放置されているのか。

なぜ、いじめがあり続けるのか。いじめる子・いじめられる子の両方の人権はどう守られているのか。

なぜ、こんなにもたくさんの子どもたちが、学校・塾と一日中勉強に追われ遊ぶ時間や社交の時間を奪われていても誰も何も言わないのか。

なぜ、学校では、決められた歴史解釈の教科書しか使うことができず、自分の意見を言うことを奨励されないのか。

そもそも、なぜ、子ども達は、学校で自分が自分らしく認められ、自分なりの能力を最大限に開花させる権利を保障されていないのか。

なぜ、30%近くの子どもたちが「いつも」ないし「時々」「孤独だ」と感じているにもかかわらず、国は、そのための対策を取ろうとしないのか。

なぜ、子どもたちの周りには危険に満ちた原発があり、放射能汚染の実態を知らされることがないのか。

なぜ、ある地域の子供達には、津波災害や原発事故被災の後、何年間もの間、仮設住宅に住む以外の選択肢が得られないのか。


考えれば考えるほど、日本では、子どもたちの人権が蹂躙されている気がする。先進国とは思えない醜さだ。

子ども達にとってのパラダイスと言われるオランダの大人たちが、それでもまだ不完全だ、と子ども達の声に耳を傾け、制度をより良いものにしようと努力している間、「まだまだ子どもだから」「どうせ子どもの言うことなど」と子どもたちの声に耳を傾けようとしない大人が多い日本。学力テストが義務化され、塾産業が繁栄する日本では、どう考えても、大人が、自分たちの目先の利益だけで子どものことを決めているような気がしてならない。

いや、もしも、もっと早くから次世代を担う子ども達の声にもっと真剣に耳を傾けていたなら、今のような酷い社会にはなっていなかったのではないか、とさえ思う。彼らよりも先に死に行く、頭の固い大人たちの不毛な意見ではなく、未来を生きる子どもたちの、目先の利害にとらわれない心からの声に耳を傾けることから、この国の未来を作り直していってはどうだろう。子どもの言うことはナンセンスではない。子ども達こそ、生きるために何が必要か、人間にとって大切なものが何であるかを一番知っている。

日本にも、子どもの声を代弁したい、子ども達の権利を守りたいと活動をしている多くの人たちがいることを知っている。こういう人たちが、その活動を効果的に活かせる役職を設けではどうだろう。国が取り組みそうにないのなら、地方自治体から始めてはどうだろう。私のところにも、よく、「こども達が日本一幸せな市」を作りたい、という相談が舞い込んでくる。それなら、まず、市の力で<子どもオンブズマン>を設置して子ども達の生の声を集め、大人社会に届ける仕組みを作ってはどうか。答えは、オランダの学校にではなく、目の前の地域の子ども達の頭と心の中にあるはずだ。子ども達は、大人がどれだけ真剣に彼らの声を受け止め審議してくれるかを見つめるようになるだろう。たとえ、結果が子ども達の思い通りにはならなくても、そうした経験が子ども達の社会参加の力を増していくはずだ。大人が子ども達を真剣に受け止める社会には、やがて、その社会のために働きたいと考える子ども達が次々と参加してくれるようになると思う。その時、きっと負のスパイラルが正のスパイラルに変わる、、、、